日本語教師を目指すかたへ (中編)
今月は、8月の続きとして、古澤さんのお話をご紹介します。
これから日本語教師を目指そうとしていらっしゃる皆さんに、少しでも参考になればと思います。
―次の話題に移りたいと思いますが、最近の業界の流れについて・・・
これは私の目で見たものでしか言えないんですけど、以前はまず日本語ってどんなものなんだとか、日本語ってどういうルールなんだ、どんな仕組みなんだみたいなものを、その畑を耕すことに必死で、耕したものから教材ができあがっていってみたいな、この日本語ってアバウトな時代だったと思うんです。それが、今は「ナニナニの日本語」っていうフェーズに変わってきたって思ってて、結構十年前くらいから言われてるんですけど、「どうやってやるか」の時代から、「なにをやるか」っていうところに、だんだん日本語教育も入ってきたのかなあっていう風に感じてますね。
なので、教材も結構「介護の~」とか、「就労の~」とか、もっとこう「生活の~」とか、増えていくんだろうなっていうことと、それといっしょに教育機関もそういうところに分かれていくんだろうなっていうのは感じてますね。今までは全部やってたことを、「ナニナニの日本語」になったことによって、何かをしないっていう決断ができるようになったっていうか、そこは大きいかもしれませんね。ボランティアとか、現場ではもうできあがってたものが、表面上に上がってきただけっという感じですね。
―これから日本語教師を目指す人に向けてのアドバイスはありますか?
養成講座とか大学とかで、教育的な方法論はたぶんいっぱい練習や勉強されてると思いますし、そういったスキルを磨くっていうのは現場に入ってからも、ずっと自分で鍛錬していくことかと思うんで、入る前に伝えるとすると、日本語教師という職業そのものを目指すのではなく、「だれの、なんのための日本語をサポートしたいのか」を持っておくといいということですね。
そのためには、日本の外国人と付き合ってきた歴史的変遷や、それに伴う日本語教育の歴史、今現状での外国人の出入国状況か(どんなビザがあって、どんな状態で日本にいるのか、日本に来るのか)や、その背景を現場に入る前に調べておくといいと思います。
また例えば、学生さんで(私は就労経験がないから就労の日本語は無理)とかではないと思いますね。その人がいっしょに成長していけばいいと思うし、自分はどこにサポートの手を差し伸べたいかっていうこと。そのために、なんでその人たちは来てるんだろう?っていう背景を自分でもっと調べたりとか。
―弊社FORGの中で、こんな仲間が増えたらいいなというのはありますか?
なんだろう?自分もそんな人材になれてるかわからないけど、表から見ているものを裏から見れるような、別にそれが今の時点でできてなくてもいいけど、できるようになりたいとか、なろう!って思える人がいいかなっていう。こういうのたぶん「エポケー」って言うと思うんですけど、「判断保留」っていうんですかね。まずは、事実を知ること。共感をすると危ないので。
一方で、ビジネス的にこう私もこれできてないんですけど、教育なんだけど、こう、ビジネスで見ないといけないっていう時って、就労の日本語教育では結構あるかなと思ってて。目の前の受講者を見て、目の前の人を何とかしたいっていうのももちろんいいんだけど、でも、もっと先の全体の将来を考えたとき、そこに手をつけるべきなのか、もっとこう全体を見るために保留にするのかっていう判断とかは、結構ビジネスっていうかちゃんと冷静に判断しないといけないことだなっていう。
また、登録日本語教師っていう話題になってるワードがあると思いますけど、そこを目指すイコール留学生みたいな一本道にはならない方がいいかなって思います。何のために、何の日本語をっていうフェーズに入ってきてるので、それはあくまでも箱の一つにしかすぎないので、いろんな道があるって知るためにも、自分の視野の中にいる外国人ってどういう人たちなんだろうっていうのを、知っていくっていうのはすごく大事だと思います。
。。。ここまでお読みくださりありがとうございます。
こちらのテーマは「後編」につづきます。どうか今後の発信も楽しみにしていただければと思います。
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